キャンディーズはスタッフ総出で書き、後藤久美子はマネージャーの達筆文字
木村拓哉が岐阜県のイベント「ぎふ信長まつり」に参加して現地の人々を大喜びさせた。ついでに地元の人気ラーメン店で食事し、その際サービスで机にサインしたら、それがまた評判になっているという。スターのサインはそれほど価値のあるものなのかと改めて考えた。
筆者はアイドル取材の芸能記者時代にタレントからサインをもらったことが何度かある。もちろん個人的な収集ではなく、読者プレゼント用だ。本欄の読者はご存知だと思うが、タレントのサインは本人ではなく、マネージャーなどスタッフが代筆することがある。その昔、渡辺プロにいた筆者の友人は、
「キャンディーズのサインはみんなで書いていた」
と教えてくれた。
無理もない話だ。キャンディーズの全盛代、メンバーの3人はそれこそ寝る間もないほど働いていた。そんな彼女たちに「平凡」や「明星」などの芸能誌をはじめあらゆる媒体から「読プレのサインをください」と依頼がくる。今と違い、当時の芸能事務所はメディアに協力的だったため、誰かが代わりに書くことになる。
「俺なんか月に100枚単位で書かされたよ」
と友人は苦笑していた。
1988年ごろ、筆者は後藤久美子の取材時間をもらい、何度かスタジオ撮影をした。その度に編集部から「読プレ用のサインをもらってきて」と頼まれた。
「久美子ちゃんのサインをお願いします」とマネージャーに色紙を渡すと、
「ではいったんお預かりし、後日お渡しします」
とのこと。目の前に後藤久美子がいるのにその場で書かず、事務所で書かせるのだという。
そういうものかと思っていたら、マネージャーから「久美子のサイン、用意できました」との連絡をもらい、受け取りに行った。色紙に「後藤久美子」の文字。達筆である。当時、後藤久美子は14歳。ずいぶんと大人びた文字を書くものだと感心した。
ところがその後も後藤久美子の撮影があり、「サインをお願いします」と頼むと、そのたびに「お預かりします」とマネージャーが持ち帰る。後日受け取るサインは例のごとく達筆。いつもこのパターン。つまりマネージャーが代筆しているのだ。彼は40代後半の男性だった。
後日のこと。後藤久美子の事務所の別の社員にサインを頼んだら、「後藤久美子」とは書かれているが、いつもとは比べ物にならないほどへたっぴな文字で届けられた。その宣伝部員は、
「俺、やっぱりヘタだわ」
と恥ずかしそうに笑っていた。ヘタなヤツが書くとヘタな文字になる。当たり前のことが行われたわけだ。
美空ひばりはサインを残して亡くなった
そのころ筆者は九州に帰省するたびに行く地元のカラオケスナックがあった。そこの50代のママさんが美空ひばりの熱烈なファンで「悲しい酒」を歌うときはこちらが恥ずかしくて下を向くほど身振り手振りを交えて熱唱していた。
東京である出版社の部長にその話をしたら、
「僕は美空ひばりのサイン持ってるから、あげるよ」
と言われた。彼が引き出しの奥から取り出したのは美空ひばりの顔写真が印刷された色紙。そこに「美空ひばり」とくずし字で書かれている。なんとなく筆跡がぎこちない。
「これはコロムビアレコードの人が『間違いなく本物、つまり本人の直筆です』と言ってくれたものだよ」
と部長は言う。そのころは筆者も本人直筆のサインのほうがヘタクソだと分かっていたのでありがたくいただいた。
年末に帰省して例のスナックに行くとママさんが暗い顔をしていた。聞けばいつも一緒に店をやっているご主人が自宅の階段から落ちて腰の骨にヒビがはいり、入院中という。そこで「ママさん、いいものをあげます」とそのサインを渡したら、さっきまでの暗い顔はどこへやら、
「まあ~」
と嘆息。満面に笑み、目には涙を浮かべて見入っていた。美空ひばりの写真とサインが並んでいるため特に感激したようだ。
筆者は友人と2人連れだったが、その日は2人ともタダにしてくれた。それほど喜んでいたのだ。
後日、友人から電話がきて、
「あのサイン、汚れないようにママさんがラッピングして店の壁に飾っとるぞ」
と教えてくれた。1988年。美空ひばりが死去する前年のことだ。
芸能人のサインで小遣い稼ぎをしている人もいる。ある週刊紙の記者によると、芸能人のインタビューや対談のコーディネーターがいて、インタビュー後にいつも色紙を持ってきて「知人があなたの熱烈なファンなんです。サインをお願いします」と差し出す。タレントは快く引き受ける。コーディネーターはこうして毎週サインをゲット。「〇〇屋さん江」と店名も書いてもらうそうだ。
これをどうするか。記者はこう話してくれた。
「彼はもらったサインを都内の飲食店に売ってるんだよ。その店のオーナーと友だちで『有名人のサインが欲しい』と頼まれ、毎回書いてもらう。オーナーは1枚につき3万円を払い、サインを店の目立つ場所に飾る。これで店の信用が上がるし、芸能人を見たいという客が来店する。実際に芸能人が来るわけでもなのに、売り上げが伸びるという寸法だ」
筆者の行きつけの店もそうだが、サインはたくさん飾ってあるものの、芸能人を一度も見かけたことがない店がある。その中にはサインだけの店もあるということだ。
ちなみに例のコーディネーターはもらった3万円を競馬に使っていた。年に150万円の軍資金。悪くない。