名古屋→東京 恋人を訪ねた自身の体験をモチーフに作詞
先日、本コラムで昨年7月に山本コウタローが死去したことに触れた。思えば昨年はもう一人、70年代フォークの旗手が亡くなった。「マイペース」の森田貢だ。
マイペースや森田貢と聞いてもピンとこない人も、あのヒット曲「東京」を歌った人物と言えば思い出してもらえるだろう。「東京」にも反応しない人には、筆者はいつも、
「サビの部分が『東京へは もう何度も行きましたね 君が住む 美し都』というあのヒット曲ですよ」
と音痴を承知で少し歌ってみせる。60歳以上の人はたいてい「ああ、あの曲ね。思い出した」と気づくものだ。この「東京」を作詞・作曲したのが森田だった。
森田は昨年6月18日、急性骨髄性白血病のため都内の病院で死去。まだ68歳だった。最期は中学時代の同級生でマイペースのメンバーだった伊藤進(68)が見とったという。
森田は秋田県出身。伊藤ら中学の同級生とマイペースを結成し、74年に「東京」を発表して大ヒットさせた。74年は山本コウタローが「岬めぐり」を発表した年。同曲は6月1日、「東京」は10月25日発売だった。同じ年にヒットを飛ばした歌手が1カ月違いで命を閉じたことになる。
「東京」が遠距離恋愛の孤独感を歌っていることは言うまでもないだろう。東京で暮らす恋人のもとを青年が訪ね、最終電車(実際は新幹線)に乗って別れていく。若い男女の逢瀬の物語だ。
「君はいつでもやさしく微笑む だけど心はむなしくなるばかり」という一節に列車の時間が迫り、別れの時刻が近づいている惜別感がにじむ。「いつか二人で 暮らすことを夢みて 今は離れて生きてゆこう」と言うが、それは男のやせ我慢のようにも聞こえるのだ。
この歌について森田は再三メディアの取材を受け、自分が体験した遠距離恋愛をモチーフにしたことを明かしている。当時、森田は名古屋在住で、恋人の女性を何度か東京に訪ねたという。
2019年10月の毎日新聞の取材ではこう答えている。
「東京駅での切ない別れが歌い出しです。当時、僕は名古屋、彼女が東京にいて、いまでいう遠距離恋愛でした」「『美し都』『花の都』って歌詞にあるでしょ。いかにもあこがれの東京って感じになっているんだけど、それはあくまで表面的でね。地方にいる僕にすれば、東京に彼女を取られたって思いのほうが強かった」
彼女を東京に取られたというのは、東京に奪われたという意味でもあるだろう。「美し都」である東京は華やかで誘惑の多い街だ。誰しも東京と地方と離れて暮らせば、そこに別れが待ち受けるのではないかと危惧するもの。この歌はそうした不安感を内在し、束の間の逢瀬の切なさを歌いあげている。詳しい事情は知らないが、実際に森田は東京の恋人と別れたという。
電話代がバカ高く、恋人と話ができなかったあの時代
70年代は地方と東京の電話代がバカ高く、そうそう電話などできなかった。筆者は20代のころ、故郷に住む恋人への電話代が月に何万円もかかった覚えがある。現在のようにLINEなどで無料の電話、それも顔を見ながらの通話ができるなど、当時の若者にとっては夢のまた夢だった。
筆者は30代になってやっとこの歌の歌詞の秀逸さに気づき、カラオケで何度も歌った。カラオケのモニター画面に出てくる映像に、青年が恋人と別れる際に手持ちのカメラで彼女のポートレートを撮影する場面があった。
それは曲全体を象徴する印象的な映像だった。「あぁ今すぐにでも 戻りたいんだ 君の住む町 花の東京」と歌っているように、青年は後ろ髪を引かれる思いで最終電車に乗る。その未練の思いを写真撮影の一コマは表現していた。笑いとペーソスの映像は、明るい曲調の中に惜別の孤独感を秘めたこの歌にぴったりだった。
前述の記事で森田はこう語っている。
「下りの『こだま』車中でサビの♪東京へはもう何度も行きましたね……の部分だけが浮かんで」
10年ほど前のこと。ある落語家さんの独演会に森田がゲスト出演した。歌手・森田貢を観客がよく知らないことを前提に持ち歌を歌い、「この曲を歌った歌手だと言えば、分かっていただけるかも」と言って「東京へは もう何度も行きましたね 君が住む 美し都」を口ずさんだ。客席から拍手がわいた。
終了後の懇親会で筆者は森田に「『東京』は名曲ですね。いつもカラオケで歌わせてもらってます」と話しかけた。森田は「そうですか。ありがとうございます」と照れくさそうにしていた。ステージのときもそうだったが、とてもシャイな人柄なのだ。そのはにかんだ笑みの中に、自分の体験を歌にしたことへの気恥ずかしが覗いているような気がした。
1970年代に青春時代を送った人たちの中には「東京」のような遠距離恋愛を経験した向きも少なくないだろう。その中には恋人の裏切りを味わった人もいるかもしれない。「東京」の歌詞は明確な表現は避けているが、恋人の心変わりの危うさを暗示している。そう。人の心は移り変わるのだ。
歌詞の中の彼女は「いつまた逢える?」と青年に問いかける。こうして恋愛は続く。だが「好き」という愛情は今日は彼女の中に温存されていても、明日になれば悪魔が何かを囁きかけるものだ。まことに一寸先はまったく見えない。漆黒の闇である。
誰が言ったのか知らないが、こんな言葉がある。
「彼女は信じられるが、運命は信じられない」
この言葉を噛み締めながら、これからも「東京」を歌い続けたいと思うのだ。