売った陶磁器に「傷がついていた」
前回の記事で40年前にヤクザがやっていた恫喝の方法を紹介した。そうした実態の一方で、一般ピープルがヤクザをちらつかせて面倒を乗り切ったケースもある。
知人のFさんはベテランのフリーライター。今から10年ほど前のこと、長らく収集していた骨董品の一部をネットオークションで売却し始めた。
そうした中、年代物の陶磁器を買った客から「器に傷がついていた。返金せよ」とのクレームメールが届いた。Fさんはあらかじめ「ふちが欠けています」と説明文と写真を掲載していたのだが、相手は、
「写真の写りが悪いので、こんなに大きな傷だとは思わなかった」
と譲らない。
Fさんが「いや、傷の部分はしっかり写ってますよ」と反論しても、客は執拗に、
「あんたの落ち度だ」
と食い下がるのだ。
何度かのメールのやり取りをした後のことを、Fさんは「少しヤケクソになったんです」とこう話してくれた。
「最後は面倒くさくなりましてね。そこで反論メールの末尾にある言葉を書き添えて送ったんです。そしたら相手が何も言ってこなくなった。それこそピタリとクレームが止まりました」
Fさんが書いたのはなにも難しいことではない。次の一文だった。
「半年前に出所してきて足を洗い、これから更生して真人間として生きようと考えてるんです。そんな人間をあまりいじめないでください」
まるで懲役刑を終えたヤクザ者が暴力団の世界に訣別したような文面。裏を返せば「俺は半年前までヤクザだった」と威嚇しているようなもの。これでは相手のクレーマーが諦めるのも当然だろう。噓も方便である。
考えてみるとこの文面はよく計算されている。万一クレーマーから「脅された」と告発されても大丈夫。「出所」とはあるが「刑務所」とは書いていない。「足を洗い」は「公園の水道で足を洗ったの意味」と反論できる。「更生して真人間」は「親不孝をしてきたが、これからは心を入れ替える」とも解釈できる。
こうしてFさんはクレームから解放された。
大型マンションに右翼団体の看板で対抗
ヤクザではないが、世間から怖い存在と認識されている肩書きを使った人がいる。
筆者は思想的にリベラル左派なのだが、右翼・民族派の人たちとも少し交流がある。そうした勉強会でよく顔を合わせるのがWさんだ。民族派の世界で人望があり、腰の低い好人物である。
このWさんはマンションを経営している。あるとき彼のマンションの隣りの空地に大型マンションが建設されることになり、デベロッパーが挨拶に訪ねてきた。
Wさんのマンションは4階建て。新設が計画されているマンションは8階建てだ。法的に8階の建物を建てても問題はないが、そうなるとWさんのマンションは日当たりが悪くなる。
Wさんは民族派のお偉いさんだが穏やかな性格なので、「8階建ては困ります」と紳士的に話し合った。だがデベロッパーは「違法ではないので計画を進める」の一点張りで譲らない。
Wさんは頭を抱えた。そこで彼は最後の手段に出た。といってもテロルの決算ではない。自分のマンションの敷地内に大型看板を設置したのだ。
書かれた文字は右翼団体の名称。「愛国」とか「同盟」とかそれらしい言葉を組み合せ、やや長めの名称にした。
業者に発注して作ったため、看板はこの先何十年も設置される頑丈なものだ。それが大型マンションの予定地に向けてデーンと屹立している。マンションが新設された場合、住人は毎日ベランダからその右翼看板を見ることになる。
「デベロッパーはさすがにたじろぎましたよ。マンションを建設しても、隣りが右翼団体の本部とあっちゃ買い手もつきません。おかげでマンション計画は中止。今も空地のままです」
とWさん。
ちょっとした頭脳プレーだった。