ギャラが千円ポッキリでも「また出演したい」
千葉県に八街市という街がある。八街と書いて「やちまた」と読む。この街に昔から少年院があり、「八街少年院」という。この少年院を地元の人は「やっちまった少年院」と呼んでいるらしい。
と、筆者にこんな話をしてくれたのはベテラン芸人のAさんだ。彼の芸人仲間で刑務所や少年院に慰問活動をしている人がいて、受刑者の前で芸を披露する。Aさんも誘われて何か所か回り、八街少年院を訪問した際にこの呼び方を聞いたという。
刑務所の慰問というと、映画「あなたへ」(2012年)を思い出す。高倉健扮する刑務官が勤める刑務所で女性歌手(田中裕子)が宮沢賢治の「星めぐりの歌」を歌い、それが縁で結婚しという設定だった。
慰問活動はあくまでもボランティアだ。官費から支払われるため、出演料は安い。1万円ぽっきり。1人1万円ではない。10人で行っても1万円で、その場合は1人1000円ということになる。実際、10人近い人数で落語やマジック、歌などを披露するケースが多いそうだ。
一日がかりで行ってわずか1000円とは頭が下がるというか、他人事ながら申し訳ない気がするが、やっている人は満足。面白いのは女性の芸人だ。慰問の魅力に取りつかれ、
「また誘ってください」
とお願いするという。
なぜなのか?
Aさんに聞いたら、
「理由は視姦だよ」
との答えだった。
こういうことだ。慰問に参加する女性は元日劇のダンサーなどが多い。もともとは露出度の高い衣装で踊ったり歌ったりしていた。もちろん刑務所はそうしたきわどい恰好はNGで、ちゃんと体を隠さなければならない。元ダンサーの女性たちは普通のドレスを身にまとってステージで歌い、音楽に合わせて体をスイングする。ときには華麗なダンスを披露する。
目の前の客席に座っているのは囚人だ。彼らにみな、長らく禁欲している。久しぶりに女を間近で見た。女はゾクゾクするような色香を放っている。だから興奮する。肩で息をするわけではないが、気持ちはいきり立っている。そうした女性を渇望する思いが目に現れる。誰もが女性歌手を凝視する。
「それこそ刑務官がいなかったら全員がステージに駆け寄り、抱きつきそうなほど血走った目で見つめられるそうだ。通常の舞台では経験できない熱い凝視。誰もが欲望で目が血走っている。出演女性の中には『まるで視姦。襲われるんじゃないかと恐怖さえ感じる』という人もいる。だけど、その視姦の緊迫感が魅力で、病みつきになるらしい」(Aさん)
筆者は若いころ芸能記者をやっていたので少しは分かる。芸能界を目指す人は男でも女でも自己顕示欲が強い。というか、自己顕示欲が強くないと長続きしないし、そもそも売れっ子になれない。
とくに女性は「見られたい願望」が必要だ。見られることに喜びを見出す者が芸能界を勝ち上がるのである。
日劇のショーでその他大勢組の一人として踊るよりも、一人で大勢の欲望じみた視線を浴びるほうが喜びは大きい。まさに見られる「悦楽」である。だから病みつきになり、たとえギャラが1000円でも、
「また出演したい。次の慰問もぜひ誘ってくださいね」
と懇請することになるのだ。
囚人の観客は大喜び、女性ダンサーも大満足。「慰問もいいもんだ」と駄洒落で本稿を締めくくろう。