ヘビ使いのオジサンは包丁で平然と自分の腕を切って真っ赤な血を流した

青大将やヤマカガシなど10本のヘビを体に巻きつける異様な光景

先日、本コラムで昔の見世物小屋について触れたら、40代前半の知人から「見世物なんて見たことがない。本当にあったの?」というLINEメッセージをもらった。筆者の子供のころは当たり前のように存在したが、彼の少年時代はほとんど壊滅状態だったようだ。

見世物で最初にギョッとしたのは幼稚園のころに見たヘビ使いだ。筆者は九州の田舎町に生まれ、公務員だった父の転勤で県内をあちこちと引っ越しした。幼稚園児のころは山奥の町に住んでいた。

町のお祭りの際に役場の前の広場に人だかりができていた。覗いてみると中年のオジサンがいて、体にヘビを巻きつけている。1匹ではない。首にかけ、肩から垂らし、右腕と左腕にそれぞれ巻きつけ、両手にも2匹持っている。

「これは青大将、こちらはヤマカガシです」
説明するオジサンの体から落ちたヘビが地面を這っていた。

異様な光景。それを大人も子供も諸人こぞりて見ていた。大人たちの多くは口元で笑いながら、眉のあたりをこわばらせていた。面白がりながらも怖がっていたのだ。ときは1964年。東京五輪の年である。

筆者は年を取ってからこんな疑問を抱いた。あの町はかなりの田舎だ。町の中心部から10分も歩けば鬱蒼たる森となり、道は山に続く。野生のヘビと遭遇するのは珍しいことではない。つまりヘビに囲まれた環境なのだ。住民は日ごろからヘビを見慣れている。

それなのになぜ、町民は「気持ち悪~い」「怖~い」という反応を示したのか?

田舎の町民はなぜ、ヘビを見て気持ち悪がったのか?

理由はヘビの絶対数だろう。山道で出会うヘビは大抵は単独行動だ。アベックのヘビはあまり見かけない。ところがオジサンは10匹ほどのヘビを自分の体に抱きつかせている。ヘビは彼の体のあちこちで身をくねらせていた。10匹というより「10本」がのたうっていると表現したほうがいい。普段見かけないヘビの大量動員に、さしもの田舎者の観客たちも圧倒されたのだ。

しかもである。オジサンはヘビを名前で呼んでいた。「太郎クン」「花子ちゃん」と言って、口を近づけてチューまでするのだ。
「このオッサンは何者なのか? 頭は大丈夫か?」
筆者はヘビの多さとともにオジサンに猟奇的な異常さを感じて、陰鬱な気分に浸っていた。

一連のヘビのデモンストレーションが終わると、お約束の軟膏の販売だ。
「この軟膏はマムシの毒から作られました」
とオジサンは12㌘入りメンソレータムと同じくらいのサイズの容器を取り出す。
「みなさん、この薬はしもやけ、ひび、あかぎれに効果抜群。しかもケガがあっという間に治ります。本日はその証拠をお見せします」
と右手に包丁を握った。その上で予告もなく自分の左腕に刃を当て、前後に動かした。子供の筆者は何をやっているのか理解できない。

やがて観客の女性たちから「うう~ッ」という押し殺したような悲鳴がわいた。同時にオジサンの腕から鮮血が流れる。筆者の前に立っていた女性は顔をしかめ、逃げるようにその場から立ち去った。

オジサンは、
「ご覧のように包丁で腕を切りました。ではここにマムシ軟膏を塗ります」
と傷口に例の薬を塗る。その上で客の女性に、
「奥さん、チリ紙を1枚ください」
と言ってチリ紙をもらい、軟膏を塗った傷口に当てた。

それからマムシ軟膏がいかに効くかという口上を述べたあと、
「あれから5分たちましたね。では傷を見てみましょう」
とチリ紙をはがし、
「奥さん、見てください。さっき切った傷がふさがってるでしょ」
と主婦に見せた。

主婦はまともに見られないので、横目で覗く。それもチラリと見るだけ。あれでは傷口がふさがっているかどうかは分からないだろう。それでも彼女はマインドコントロールされたかのように「うんうん」と頷いている。これでマムシ軟膏の効能が証明されたわけだ。

筆者はヘビよりも、この流血ショーに恐怖した。ヘビ使いは平然とした顔で腕を切るのだ。
「これが大人というものか。オラは大きくなったら、このオジサンみたいになれるだろうか? いや、オラは痛がりだから無理だ。ということはこの先、生きていけるのか?」
こんな不安さえ抱いていた。

歌舞伎町のマスターが見たガマの油売りの真実

その日から30年以上が経過し、40代になった筆者は歌舞伎町のクラブのマスターから、
「軟膏売りの実演販売には仕掛けがある」
と教えられた。

そのマスターは若いころイベントの司会をしていた。あるとき侍の格好をしたガマの油売りが舞台に登場。時代劇で見かける抜き身の脇差を手にして、筆者が見たように自分の腕を傷つけた。血がしたたり落ちた。ここにガマの油を塗ってすぐ傷がふさがった。やることは同じである。

ただ、そのマスターはインチキを見たというのだ。
「真っ赤な血が流れて、僕もすごいなぁと思いました。だけどショーが終わり、控室に戻って『あれっ?』と思ったんです。例のガマの油売りが使った脇差が衣装の横に置かれている。よく見ると、刀の鍔のところに小さなスポイトがついていて、中に赤チンらしき液体が入ってるんです。なるほど、これで腕を切ったように見せかけたのだと納得しましたよぉ」
やはり物事には裏があるようだ。

だけど筆者が見たヘビ使いは鍔のない包丁を手にしていた。あれは本当に腕を切ったのではないかと、今でも思うのだ。

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