柔道4段の巡査が腰を抜かした女の幽霊
12月も下旬になった。コロナ禍は続いているもの、あちこちで忘年会が行われている。当然、終電で帰る人も増えた。
この時期に気をつけなければならないのが「通り魔」だ。
以前、防犯コンサルタントに取材したとき、夏場の深夜も危険だが、冬も女性が狙われる危険性が高いと言われた。相手は単なる痴漢ではない。刃物で女性に襲いかかる凶暴な連中だ。
こうした凶悪な通り魔が狙うのが白いコートの女性だという。コンサルタントはこう解説してくれた。
「凶暴な通り魔は刃物で襲撃することで女性の衣服が血で染まる光景を見たがるのです。コートはTシャツより表面積が広いから、血がにじんで広がる。だから彼らは冬の深夜に女性を狙おうとする。白いコートだと赤い血が目立ち、通り魔は奇妙な『達成感』を感じることになるのです」
こうした理由で彼は忘年会シーズンはグレーや黒色のコートを着るよう呼び掛けている。
また、最寄り駅から自宅までをダラダラした足取りで歩くのも通り魔につけこまれることになる。
筆者の友人で合気道の高段者のK氏は歩き方ひとつで通り魔を予防できるとこう解説する。
「体の芯が天に伸びるように背筋を伸ばし、やや前かがみで滑るように速足で歩くことが肝心。こうした歩き方とすると、隙がなくなり、通り魔は襲おうにも襲えなくなる。女性がバリアを張ったようなものだよ」
前出の防犯コンサルタントによると、駅からダラダラ歩きをしながら彼氏とスマホで無駄話をする女性が一番危ないという。
「むしろ電話をしているふりでいいから、『いま〇通りを歩いているから、お父さん、迎えに来て』と話しかけたほうがいい。通り魔は男性がこちらに向かってるとなると、襲えません」
通り魔の話とは少し違うが、その昔、筆者は母からこんな出来事を聞いた。
60年ほど前、筆者の一家が九州の田舎町に住んでいたときのこと。年配の巡査(当時は警察官やおまわりさんではなくこう呼称した)がよく家に立ち寄り、筆者の父と酒を酌み交わしていた。そんな折、
「わしは警察に勤めて30年になるが、一度だけ腰が抜けるほど怖い思いをしたことがある」
とこんな話を聞かせてくれたという。
その巡査は柔道4段の猛者で、怖いものなしだった。ある夜、一人で町をパトロールしていた。当時の田舎町は家も街灯も少ないため薄暗かった。そのため巡査はみな懐中電灯を手に持って町を歩いていた。
深夜近くになり、懐中電灯の光の先に一人の人物が映った。人物は一本道をこちらに向かってくる。次第に姿がはっきりしてくる。巡査は全身に鳥肌が立つのを覚えた。
相手は若い女で、白い和服を着て長い黒髪をなびかせながら暗がりの中を小走りで駆け寄って来た。
巡査は筆者の母にこう話した。
「それがすごいんや。長い黒髪で顔の半分が隠れ、わずかに見える表情は、真っ赤な唇に木の櫛(くし)をくわえている。そんなのがドドド~ッと迫ってきたものだから、幽霊など信じないわしも『これは出た~ッ!』と心の中で悲鳴を上げ、その場に座り込みそうになった」
だが彼は巡査だ。怖いながらも目の前の女の幽霊に「どうしたんですか?」と声をかけた。女は巡査を見て、ホッとした顔で立ち止まり、こう説明した。
「ああ、巡査さん、助かった。実はいま家に病人が出て、薬屋に薬を買いに行くところなんです。途中で暴漢に襲われないよう、この恰好で走ってきました」
深夜の田舎町で襲われないよう純白の和服を着て黒髪を垂らし、口には木の櫛をくわえ、幽霊に化けて走ってきたというのだ。
筆者は小学校低学年のころ母からこの話を聞き、巡査が目撃した光景を想像するだけで気絶しそうになった。黒髪をなびかせるだけでなく、櫛をくわえていることが特に怖かったからだ。将来警察官になるのはやめようと決めた。
その巡査は女性を薬局まで送り届け、一緒にドアを叩いて店主を起こした。女性が薬を買うと家まで送り届けたそうだ。
その上で、
「わしは怖いものはないが、あのときだけは本当に肝をつぶした。腰が抜けそうじゃったよ」
と何度も恐怖を語っていたという。