書籍編集者は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を今も信じている
筆者の知り合いにあと数年で70歳を迎えるフリー編集者がいる。書籍の編集長をしていた人物だ。
昨年暮れ、数人で酒を飲んでいるとき、たまたま経済の話になった。彼はこう言った。
「日本は平均株価が3万円いってるからねぇ。まだまだ国力があるねぇ」
筆者は「えっ?」と思い、
「ということは日本はまだ経済大国ということ?」
と聞いた。
「そうだよ」
と彼は自信たっぷりで言う。筆者はちょっとビックリした。というか呆れた。
「あのねぇ。それ、よそで言わないほうがいいよ」
「え~。どうして~?」
「日本経済は斜陽なのよ。もう10年以上も前から」
すると彼は、
「え~。そうなの~?」
と目を白黒させている。かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代が今も続いていると信じているのだ。
「株価が高いのは政権が人気取りのために無理くり株価を吊り上げているから。それだけのこと」
などといろいろ説明した結果、やっと理解できた様子だ。彼はこの30年間ニュースも見ず、新聞も読まなかったそうだ。長い長い眠りから覚めたのである。まるで「ジュラシック・パーク」だ。
その話を友人の漫画家にしたら、
「僕の仕事仲間にはもっとすごいのがいる」
と言われた。
今から34年前の1988年のこと。彼の友人の無名漫画家は「有名になるために傑作を描くぞ」と決意。半年間バイトをしなくても食べられるように貯金をした。これから安アパートにこもってひたすら漫画に打ち込むと自分に誓ったのだ。それが88年の12月のこと。
ところが彼の前に悪魔が降臨し計画が狂った。悪魔の囁きでテレビゲームにはまってしまったのだ。昨日までの決意はどこへやら、彼は朝も昼も晩もそして明け方もゲームを続けた。それこそ寝食を忘れてゲームに没頭。漫画はひとこまも描けず、用意した生活費は半年後に底をついた。
この時期、彼はある書類を申請するために中野区役所に行った。書類を手にすると、日付欄に「平成」とあるので、彼は不審に思い、
「これ、何ですか?」
と職員に聞いた。
「どれですか?」
「この『平』と『成』と書いた言葉です。何と読むんですか?」
「へいせいです」
「何のこと?」
「新しい元号です。今は平成元年です」
「えっ、いつから?」
「半年前からです」
「ということは天皇は……?」
「半年前に亡くなりました」
彼は心底驚いた。半年間ゲームにどっぷりでテレビも見なかったため、天皇の死去も新元号も知らなかったという。
昭和天皇は89年1月7日に死去した。彼がそのことを知ったのは同年の7月ごろだった。
時間の流れに自ら取り残される人がいるのだと、筆者は改めて実感したのだった。