ニセの飛騨牛を食べて「おいしい」「最高だ」を連発した有名グルメ評論家

焼き方とソースの味で高級牛肉と思い込み騙される人間の愚かさ

筆者は一人暮らしのため、このところ料理にはまっている。最初は料理の専門書などを買ってきて参考にしていたが、すぐにユーチューブに頼るようになった。そこでは料理のプロやセミプロたちが「10分でおいしいものができるよ」と宣言し、あっという間に調理してしまう。その手際の良さは見ていて爽快。実に楽しい。しかも真似をして作ってみると、本当においしい。

こうしたプロ、セミプロたちが言うのが、
「素材は安くてもいい。味付けが上手にできれば、おいしく感じるものだ」
すき焼きを作るときは高い肉を買わなくても大丈夫。割り下が良ければおいしく食べられるのだそうだ。

なるほど。そういえば牛ステーキについてはいろんな人がタレの作り方を披露している。人気の市販品「宮のたれ」と同じものを作る方法という動画を見て、やってみたら本当に美味だった。

ただ、やはり高級な牛肉にはかなわないのではないか。そんな疑問を知人のM君に話したら、彼は、
「いや。たぶん味付けでごまかせるよ」
と言い、こんなビックリ話を教えてくれた。

M君の知人に都内のDホテルでレストランのマネジャーをしている人がいた。15年ほど前、このレストランにテレビでおなじみの高名なグルメ評論家が、
「最高の和牛を食べたい」
と雑誌の取材を申し込んできた。ホテル側はOKし、グルメ評論家が実際に食べて、その場面を写真撮影することになった。

当日、グルメ評論家が現れた。雑誌のカメラマンや編集者らを引き連れての"大名取材"だ。グルメ評論家の希望は「飛騨牛を食べたい」というものだった。

だが、ここに伏兵がいた。このレストランのシェフだ。彼はそのグルメ評論家が嫌いだった。そのため料理の内容が思わぬ方向に向かった。

以下はM君に聞いた、彼と元マネジャーの会話の再現。
元マネ「本当は要望どおり飛騨牛を出すはずだったけど、シェフがそのグルメ評論家を快く思わないため、彼は普通の牛肉を使った」
M君「普通のですか?」
元マネ「そう。値段は分からないけど、スーパーで売っているようなやや霜降りの肉をね」
M君「それを焼いて出した?」
元マネ「うむ。グルメ評論家の前で時間をかけてゆっくりと」
M君「それで……?」
元マネ「グルメ評論家は感激した。私もマネジャーとしてそこにいたから実際に聞いたのだが、彼は食べながら『やっぱり飛騨牛はおいしい』『最高だぁ』を連発。最後に『こんなに良い肉はめったにないよ』とまで言い、満足して帰っていった」
M君「まるで笑い話ですね」
元マネ「私は飛騨牛よりずっと落ちる肉だと知ってるから笑いをこらえるのに一苦労だったよ。当然ながら、目の前にいるシェフも笑いたいけど笑えないという表情だった」

M君は「テレビに出まくっている有名な専門家でも騙されるんだよ。人間の舌なんていい加減なもんだね」と苦笑いした。

テレビ朝日の人気番組に「芸能人格付けチェック」がある。人気タレントが高級牛肉とスーパーの牛肉を食べてどちらが本物の高級肉かを当てるのだが、GACKT以外はいつも外している印象が強い。人間にとって食べ物の味なんて、あやふやなものなのだろう。

それはともかく、例のシェフの話だ。後日、元マネジャーがこのときのことを話題にしたら、シェフは、
「牛ステーキは普通の肉を使っても、焼き方とソースがしっかりしていれば、おいしくなる」
と言葉短く切り上げたそうだ。話が広がって自分の評判が落ちるのを警戒したのだろう。

ちなみにM君は元マネジャーからそのグルメ評論家が誰なのか教えてもらえなかったが、「当時売れっ子だったYさんじゃないかな」との印象を受けたそうだ。ただし本当のところは分からない。

テレビでうんちくを語っている人も、一皮むけばただの人。焼き加減とタレにだまされてしまうわけだ。「この馬鹿タレ」なんて言ったら怒られそうだが。

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