41~80歳の男性4人を練炭で殺害
フェイスブックを閲覧していると、見知らぬ美女や老女から「友達リクエスト」が届く。「シンガポール出身」や「ダブリン在住」などその素性はバラエティに富んでいる。なかには「私は日本人です」と称しているくせに、怪しげな日本語でメッセージを送ってくる女性も。
知人に聞いたら、それらは「国際ロマンス詐欺」の可能性があるという。「私の財産を譲ります」と持ちかける騙しもあるから、ヘタに承認しないほうが無難だと忠告された。
それにしても同じ顔をしたスタイル抜群の美女が次々と立ち現われて孤独な筆者に「おいでおいで」をする姿を見ると、「その努力をお国のために使いなさいよ」と小言のひとつも言いたくなる。
こうした現象で思い出したのが「婚活殺人女」こと木嶋佳苗(48)だ。
2009年10月、練炭自殺に見せかけるなどして4人の男性を殺害した木嶋の事件が報じられた。犠牲者は41~80歳。そのうち東京・千代田区の41歳の男性は埼玉県富士見市の駐車場に止めたクルマの中で遺体で発見された。
その後この男性は独身者で、木嶋とネットで知り合い、彼女と婚前旅行に行くことをフォロワーに報告していたと報じられた。旅行を楽しみにしていた人物が殺害という裏切りに遭ったのである。
すごい事件だと思った。そこで大手紙がスクープした当日、木嶋が住んでいた都内の賃貸マンションに向かった。現地に到着したのは午後7時ごろ。写真のように、すでに日が暮れていた。
マンションに入ると、玄関のインターホンで大手紙の記者が住人に聞き込み取材をしていた。筆者はその隣に立って両者の会話をメモした。盗み聞きで取材するようなものだ。
聞き込み取材が終わり、筆者はその記者に挨拶して名刺交換をした。Hさんという人だった。
H記者と話しながらエントランスから出ると、数人の男女が建物の側方から出てきた。彼らは新聞と週刊誌の記者で、その一人がH記者の知人のため、
「いま、マンションの大家さんがマスコミ対応してるよ」
と教えてくれた。
大家さんが空いている一室に取材陣を招き入れて質問を受けているという。彼ら先発組は一通りの説明を受けて会社に引き上げるところだった。
エレベーターで上の階に上り、その部屋をピンポンすると、50代と思しき男性の大家さんが迎えてくれた。室内では紙媒体の記者2人が床の上に座り、彼の話を聞いているところだった。テレビリポーターなどは早い時間にきて取材し、すでに帰ったそうだ。
大家さんは共犯者ではないため詳しいことは知らないが、こう話してくれた。
「1カ月くらい前、警視庁の刑事さんが訪ねてきて、彼女(木嶋)のことを質問されました」
「どう答えたんですか?」
「普通の女性ですよと返答しました」
記者との間でこんなやり取りがあり、言葉が一旦途切れた。
大家さんが言った。
「こんな騒ぎになったからには、うちのマンションに引っ越したいという人はいなくなるでしょう」
彼はため息をついた。
けっこう大きなマンションで、木嶋の部屋は家賃22万円。大家さんの個人経営だ。これから資金の回収というところに大事件が持ちあがったのだから、落胆するのも無理はない。
「ここまでくると、マスコミの暴力ですよ」
と大家さんは呟いた。
「美人じゃないから、男は騙される」と警視庁の刑事は言った
木嶋が男性を殺害した現場はこのマンションではないが、犯人が住んでいた以上、今後借り手は躊躇するだろう。同情の念が込み上げてくるが、それでも取材はしなければならない。
「ひとつ質問させてください」
筆者は大家さんに声をかけた。
「木嶋佳苗は美人でしたか?」
「特に美人という印象はありません」
「ということは不美人?」
「いえ、普通のお嬢さんという感じでしょうか」
「十人並みの容貌の女が色恋で男を手玉に取ったわけですね」
「ええ。私もそのことが不思議だなと思い、刑事さんに、なぜですかと質問しました」
「刑事は何と?」
「こう言ってました。『美人が向こうから誘ってきたら、よほど信じやすい人でない限り、そんなうまい話があるはずがない、これは怪しいと思うもの。だけど、ありふれた容貌の女性だったら、自分にも恋のチャンスが回ってきたと思ってしまう。それが人間なんです』と。なるほどなぁと思いましたよ」
大家さんは力なく笑い、もう一度、
「マスコミの暴力ですよ」
と繰り返した。
フェイブックで誘惑してくる美女たちも同じだ。沢尻エリカみたいな顔をした美女が誘惑してきたら、よほどのおバカでないかぎり「詐欺だ」と思うもの。だが普通の容貌だったら、うっかり信じてしまうかもしれない。
そう考えると、木嶋佳苗は自分のサエないルックスを巧みに利用したことになる。不謹慎な言い方をすれば、彼女はブスだから殺人を成功させたのだ。
木嶋の裁判は最終的に3人の男性の殺害が争点となり、17年5月、死刑が確定。裁判員裁判で審理された被告人で女性の死刑確定は彼女が初めてだった。
裁判の間、木嶋は3度の獄中結婚を繰り返すなどして話題をふりまいた。現在のところ、まだ死刑は執行されていない。