2歳児はなぜ生き延びたのか? Sボランティア尾畠春夫さんにまつわる疑問の声
「尾畠春夫 魂の生き方」(南々社)

「見つけたら手渡します」と予告発言

筆者は尾畠春夫さんの偉業を否定したり、彼の崇高な人格を冒涜するつもりはない。尾畠さんの被災地における無償奉仕の精神には頭が下がる思いだ。

その上で、5年前のあの幼児行方不明事件で聞いた疑問点を書いておきたい。いわば自分への覚え書きみたいなものである。

尾畠春夫さんについては説明の必要もないだろう。大分県在住で、全国あちこちの被災地に駆けつけては身を粉にして復旧作業に尽力している人物。「スーパーボランティア」とも呼ばれていることは誰もが知っているだろう。

その尾畠さんが全国的に有名になったのが2018年8月に山口県周防大島町家房で起きた事件だった。同月12日午前に、藤本理稀(よしき)君という1歳児(翌13日に2歳の誕生日を迎えた)の行方が分からなくなり、警察などが150人体制で探したが、発見されなかった。

ところが15日の早朝、尾畠さんが発見し、3日ぶりに保護された。まさに「奇跡の生還」だった。

尾畠さんは15日午前に現地に到着。同6時に理稀君が帰省していた曾祖父の家を訪ねて「今日よしくんを見つけたら、必ず直接手渡ししますから」と宣言し、裏山に入った。その30分後、理稀君を見つけたのである。発見現場は曾祖父宅から北東約560㍍離れた山中だった。

尾畠さんによれば「ちょうど沢の真ん中のこけむした岩の上に座っているのを見つけた。(理稀君は)足を水につけて座っていた」という。尾畠さんと目が合うと理稀は「僕、ここー」と声をかけ、尾畠さんが「よしくん?」と呼ぶと、「おじちゃん」と応じたそうだ。

尾畠さんは理稀君をバスタオルにくるんで下山し、家族に手渡した。理稀君を診察した現地の医師は「(理稀君は)脱水症状があったので点滴はしたが、健康に問題はない。生命力が強いなと思った」と述べている。

「普通なら意識朦朧のはずなのに」と小児科医

当時、筆者はこの事件の原稿を書きながら、本当に不思議な生命力だなと思った。2歳になったばかりの幼児がなぜ、3日間も元気でいられたのか、釈然としなかったからだ。

事件は真夏に起き、現地の最高気温は34度の猛暑だった。そうした厳しい条件の中を、理稀君は食糧も持たずに我慢したことになる。こんなことが起こりえるものだろうか。

このことは他のメディアにとっても関心事で、たとえば当時のスポーツ報知には医療ジャーナリストの田中皓氏が以下のような分析コメントを寄せていた。
「人は水さえ飲めれば、幼児であっても何日かは頑張れるもの。なぜなのかは分かりませんが、沢の周辺にいたのが最大ポイント。水の近くなら温度も下がるし、木陰もあったなら直射日光を浴びずにすむ」
山中に迷い込んだことの利点に着目したわけだ。

それでも筆者は疑問に思い、知り合いの小児科医に電話して意見を求めた。彼は理稀君の生還を喜びつつ、こう話してくれた。
「2歳になったばかりの子供が3日間何も食べずにいたら、普通はグダ~ッと寝転んでいるはず。仮に木陰に避難していたとしても34度の高温はかなり体力を奪います。気を失っていたとしても不思議ではない。気絶しなくても意識が朦朧としているはずです。それなのに理稀君は沢にちゃんと座っていたという。しかも自分から尾畠さんに声をかけ、言葉のやり取りをしている。小児科医の立場から言うと、信じられない奇跡です」

150人体制でも見つからなかったのに、なぜ30分で……

念のため現地の報道機関に電話して事情を聞いた。あるメディアのA氏という責任者が電話に出て、今回の失踪から捜索までを丁寧に説明してくれた。

話が終わるころ、筆者が、
「よく3日間も体力が持ちましたね」
と疑問を口にすると、A氏は、
「不思議に思うでしょ。実はこちらでも『変だなぁ』という声が上がってるんです」
と明かしてくれた。
「何が変なんです?」
「捜索は150人体制。当然、理稀君が見つかった沢のあたりも探し回り、発見されなかった。なのに尾畠さんはわずか30分探しただけで見つけた。それもわざわざ事前に曾祖父宅を訪ねて『見つけたら、必ず直接手渡ししますから』と予告めいた発言までしている。こんな離れ業がなぜ、できたのか。本当にわけが分からない」

A氏はさらに続けた。
「尾畠さんが理稀君を見つけ両親に届けたあと、うちの記者などのメディアが尾畠さんを囲み取材したんです。その際、報道陣から『いつこちらにいらしたんですか?』との質問が出た。尾畠さんは一旦『昨日』と言い、すぐに『今朝』と訂正したそうです」

何者かが誘拐し、面倒をみた?

そうしたことから現地では、何者かが理稀君を誘拐し、体力が落ちないよう面倒をみたのちに尾畠さんが現れたのではないかとの説を口にする記者もいたそうだ。もちろん冗談半分のお見立て。というより、あまりに理解不可能な奇跡が起きたため、こうした説が浮上したのだろう。

事件から4年半ほど経過したが、筆者にとってこの事件はいまだに不思議で不可解だ。

とはいえ尾畠さんの偉業を否定するつもりは毛頭ない。尾畠さんは1938年10月生まれの83歳。いまも災害ボランティアとして尽力し、国民から尊敬されている。

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