ブティック販売員&バーのマスター 客をリピーターにする心理テク

ブティック販売員、バーのマスター 客をリピーターにする心理テク

筆者はさまざまなビジネスの裏話を聞くのが好きだ。各界の一流の人や、長年研鑽を積んできた人の話は人間の心理を巧みに利用しているため、説得力があってまことに面白い。

数年前に仕事で、都内の女性向け有名ブティックで販売員をしている女性と出会った。彼女は40歳前後。中高年女性を対象にした洋服を販売し、店での売り上げトップを長年維持している。辣腕販売員だ。

洋服の販売員といえば、客が一歩店に足を踏み入れた瞬間、退路を断って逃げられなくし、「こんにちは。今日は何をお探しですか?」と言って商品を強引に売りつける悪の商人のイメージがある。筆者などは若いころこの手で何度、洋服を売りつけられたか。こうした店はキャッチブティックなどと呼ばれ、筆者が大学生のころ、マスコミで叩かれたが、絶滅はしなかった。

そこで、「やっぱり、しつこく食い下がって買わせるのでしょうね」と聞くと、彼女は、「いいえ全然。そんなことはしません」と涼しい顔で言う。

「じゃ、どうやってお客を買うように説得するんですか?」
「説得なんかしません。世間話をするだけです」
「世間話?」
「ええ。私と同じ40代以上の奥様たちはご主人に不満を抱いています。そうした愚痴を聞いてあげればいいんです。それだけです」

つまりこういうことだ。商品を見るために入ってきた女性客が「うちの主人は私のことをちっともかまってくれないの」と愚痴れば、彼女も「うちもそうなんです。休みの日は自分の趣味のために一人で出かけていくばかりで……」と同じく愚痴で応える。

こうしてお互いに愚痴の言い合いになる。さんざん愚痴ってすっきりしたのか、女性客は何も買わずに帰っていく。釣りのキャッチ・アンド・リリースみたいなものだ。

「それでいいんです」
と彼女は言う。この愚痴が後日、利益を生むというのだ。
「私に愚痴を言ったお客さまは後日、かなりの確実でまた来店してくれます。それもなぜか、ご主人を連れて来ることが多いんです。それがチャンスです」

いつかの女性客は夫を連れて再来店。販売員はここで、
「おたくのご主人は優しいですねぇ。こうして奥様の買い物に付き合ってくださるんですから。うちの夫は絶対にしてくれません」

ひたすら夫をほめる。ほめてほめてほめ上げる。
ほめられた夫はまことに気分がいい。そこで妻に、
「欲しいものがあったら買ってやるよ」
と言い、妻は洋服を試着して、お買い上げとなる。

夫はほめられて気分がいい。女性客は欲しい洋服を買ってもらって気分がいい。販売員は売り上げを上げてこれまた気分がいい。トリプルウインというわけだ。なるほどね。

そういえば以前、アパレル企業の役員にこう言われたことがある。
「私たちはお客さまに幸せを売っているのです。たとえ一枚100円のTシャツでも、そこに人気ブランドや高級ブランドのロゴがあれば、お客様は1万円を払ったとしても満足する。お客様もうれしい。私もうれしい。これが販売業というものです」

そのころ知り合ったアパレルのデザイナーの女性は業界の原価率の話をし、
「ファッション業界って、ヤクザな世界よ」
と苦笑していた。べつに暴力団が暗躍しているわけではない。安い原価のものを高く売っているという意味だ。そうした原価の話はいずれ別稿で書きたい。

男女のカップルなどが酒を飲むバーのマスターも工夫している。常連客の男性がまだ親しくない女性を連れてきたときは、女性をほめながら男性をほめる。要するに2人がくっつくようひと肌脱いでやるわけだ。

面白いのは一見客の女性の2人組が来店したとき。1人が美人でもう1人が不美人(つまりブス)というデコボココンビのときこそ、マスターの長年のノウハウが生かされる。

「そのときは迷わず、不美人の女性をほめ上げます」
と彼は言う。自信をもって言い切るのだ。
なぜなのか……。

不美人の女性はこれまであまりほめられた経験がない。ところがこのマスターの店では「かわいい」「性格がいい」「優しい」「真面目」「スタイルがいい」などとほめ殺しを受ける。同時多発ほめ上げ攻撃だ。

すると不美人は楽しくなり、次に誰かと食事してもう一軒どこかで飲みなおそうかとなったら、そのマスターの店に行こうと言い出す。つまり客がブーメランのように戻ってくるわけだ。

一方、マスターからほめてもらえなかった美女はどうするか。彼女は不思議な感覚に直面する。
「私はこれまで『美人』『かわいい』とチヤホヤされてきた。それなのにあの店のマスターは私をほめるどころか無視して、連れのA子ばかりをほめていた。A子はあのとおりのブスなのに。なぜ? 一体なぜ? 世の中で何が起きているのかしら? 誰か教えてくんろ~!」

そうしたモヤモヤ感を解消するために美女は必ず、もう一度店に来る。つまり美女もブーメランとなってカネを使うために舞い戻ってくるのだ。

そのとき彼女が自分と同じくらいきれいな女性を連れてきたら、マスターは2人を交互に褒める。だが、またも不美人を連れてきたら、不美人を褒める。すると不美人は再来店してくれる。

美人は、
「今度こそ、マスターがわたしを褒めるよう仕向けてみせる」
と熱意とも敵意とも分からないポジティブ思考になり、3度目、4度目の来店を繰り返す。これが常連客を増やす極意なのだ。

「もし最初の来店のときに美女を褒め、不美人を適当にあしらったらどうなるか。美人は不思議を感じず、不美人はまたほめられる喜びを味わいたいという気持ちを抱かない。結果的に2人ともリピーターになる可能性が高まらない」
世の中は心理戦なのだ。

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