昔は血の色と灰皿のサイズで居心地の悪い空間を演出した
筆者はブログに投稿する原稿などを書くとき、自宅ではなく近所のカフェに行く。ドトールやタリーズ、スタバなどを渡り歩くのだ。
これらの店で3時間、4時間と書いていると、だんだん飽きてくる。書く作業に飽きるのもあるが、店内に流れる音楽つまりBGMに飽きるのも大きい。しっかり計ったわけではないけど、30分も経つと同じ曲を耳にする。店内に流れる曲は10種類くらいしかなくて、エンドレステープみたいに回っているような気がするのだ。
なぜこうなるのか。
カフェのスタッフや本部の広報部に問い合わせをしたわけではないが、著作権の件もあるだろう。あまりたくさんの曲を使うと使用料がかかるのではないか。
もうひとつ考えられるのが同じ曲が流れ、客が飽きてくるほうが回転が良いという利点だ。何百曲ものレパートリーがあり耳に新鮮なメロディーが次々と再生されると、人は脳が刺激され、無意識のうちに「次はどんな曲かな?」と考え、それが居心地の良い空間に結びつく。結果的に店に長居するのではないか。
ところが同じ曲がグルグル流れると、いつしか脳が飽きてくる。名曲でもうんざりしてくるのだ。さらに「あれ、この曲はさっきも聞いた。ずいぶん時間が経ったようだ。そろそろ店を出よう」となる。結果的に客の回転が良くなり、売り上げ増につながる。そのために店内に同じ曲を流し続けている。素人考えながら、そんな気がするのだ。
筆者が大学生だった1980年前後、日本は一種の喫茶店ブームだった。その当時、チェーン店の喫茶店には共通点があった。どこも座席がフカフカのソファで色は赤系。というかエンジ色。言い方を変えればワインレッドだった。
灰皿が小さいのも共通点だった。だいたいが直径10㌢未満。底も浅い。そのため5本もタバコを吸うと吸い殻でいっぱいになる。そのたびにウェートレスのお姉さんに「灰皿を変えてください」とお願いした。
そのころ筆者がバイトをしていただんご屋の社長が、
「ソファの色も灰皿の大きさも客の回転を良くするための仕掛けだよ」
と教えてくれた。彼は店舗設計の仲介業をしているため飲食店の事情に詳しいのだ。こんな話だった。
人は血の色を見ると気持ちが落ち着かなくなるという心理を抱えている。だから長い時間ワインレッドのソファに座っていると気持ちがそわそわし、「店を出よう」という気になる。
また、灰皿がいっぱいになると「もうこんなにタバコを吸ったのか。じゃ、そろそろ出るか」と席を立つわけだ。灰皿交換をウェートレスにお願いするのは心苦しいという面もある。
そういえば当時、「警察の取調室の壁は真っ赤に塗られている」という都市伝説を信じている友人がいた。真っ赤な部屋で強面の刑事に尋問されると、犯罪者は恐怖を感じてつい白状してしまうというのだ。よく考えた作り話である。
余談ながら当時、友人たちの会話の際に「カフェ」という言葉を使うと「おまえは大正時代の人間か」と笑われた。だが時代は変わった。今は若い女性に喫茶店などと言ってもピンとこないようだ。カフェという古めかしい言葉がいつの間にかコーヒーを飲む場として定着したことになる。時代はめぐるということだろうか。