54年前の歌舞伎町 「同伴喫茶」でカップルの秘事を覗き見していた作家の正体

何度注意しても「ごめんごめん」と言ってまた覗き始める懲りない性格

たまに友人から面白い話を聞き、「へえ~ッ」と唸ってしまうことがある。ときには長年つき合っているのに、"特ネタ"を初めて披露されてビックリすることも。本人に悪気はないが、こんな面白い話を今まで出し渋っていたのかぁと文句を言いたくなったりするのだ。

Nさんという11歳年上の知人がいる。彼も筆者に出し渋っていた一人だ。1年前、こんな話を聞かせてくれた。

Nさんは1966年に東京の大学に入学し、68年に新宿の喫茶でバイトをした。純喫茶ではない。同伴喫茶である。その店内で客が何をしていたかは別稿で書くとして、本稿では本番までと記すに留めたい。

その店にいつも一人でやってくる30代の男性客がいた。ご存知のように同伴喫茶はカップルでしか入れない。Nさんが、
「お客さん、ここは男性一人では入れませんよ」
と言うと、その客は、
「いや、連れの女性が後から来るんだよ。僕が先に入って待つ約束をしてるから、とりあえず入れて欲しい」
とねばる。どこかなよっとしてボソボソとした喋りだった。

Nさんは仕方なくテーブル席に案内した。店内は薄暗い。入ったばかりだと周りがよく見えないほどの暗がりだ。周囲のテーブル席では男女が絡み合っている。

客席は別のカップル同士が顔を合わせないよう、2人掛けのソファが同じ方向を向いて配置されている。客から見えるのは目の前のソファの背もたれ。人目を避けるために背もたれは高く、後ろからだと前のカップルの頭の一部しか見えない。

Nさんが監視していると、例の男性客は座席から腰を浮かせて目の前の客を覗き見している。しまいには立ち上がり、俯瞰の要領で見物を始めた。

「お客さん、困りますよ。他のお客さんに迷惑だから、ジロジロ見ないでください」
Nさんが注意すると彼は「ごめんごめん」と言っておとなしく座る。だが、しばらくするとまたも腰を上げて男女の営みを覗こうとする。するとNさんが注意。彼はまた「ごめんごめん」と席に座る。その繰り返しだった。

「連れの女性」は一度も来たことがない

Nさんはこう話してくれた。
「彼は僕が覚えているだけでも3、4回来店し、そのたびに『連れの女性があとから来る』と言っていたが、女性が来たことは一度もなかった。来るたびに覗きをやる。あるときなどいつものように『覗きはダメです』と言ったら、『ごめんごめん。小説の原稿に行き詰まってね。ネタを求めてここに来たんだよ』と頭をかいていた」
Nさんはその男性が脚本ではなく、「小説のため」と弁解したという。

誰なのか?
「そのエッチな男性は僕も知ってる人?」
筆者はNさんに聞いた。
「知ってると思うよ」
「誰ですか?」
「寺山修司だよ」
筆者は聞いた瞬間、「なるほどそうか!」と叫んでしまった。寺山は80年7月に渋谷区宇田川町で住宅への不法侵入容疑で逮捕された。このとき新聞などで「覗きで捕まった」と報じられたものだ。そういうことだったのか。

「68年当時、寺山さんは週刊誌などにしょっちゅう出ていたからね。すぐに本人だと分かったよ。最初に注意したとき『寺山さん、困りますよ』と言ったら、彼はニヤリとした。『あれ、気づいたの?』という顔だったね。ただ、いつもそれほど長居をせず、1時間ほどで退散していた」(Nさん)
寺山は35年生まれ。同伴喫茶にお出ましになっていたころはまだ33歳だった。

半年ほど前、Nさんは筆者と新宿を歩いているときに、
「例の同伴喫茶はあそこにあった」
と指さした。そこは西武新宿駅と道を一本はさんだ一角。歌舞伎町の隅っこにあるビルの2階だったという。
「このあたりは若者のたまり場がたくさんあり、みんなゴーゴークラブで朝まで踊っていた。例の同伴喫茶が入っていたビルを含めて当時の建物はほとんど残ってないけどね」
Nさんの話を聞いて、街には歴史があるなぁと思った。もちろん作家にも歴史がある。いや、本能に突き動かされたドラマがあると言ったほうがいいだろうか。

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